スポーツマニアによる
スパイクシューズ講座

スパイク!スパイク!

リーボック

リーボック

リーボックと聞くと地味な印象のブランドですが、実は奥が深いのです。皆さんはこの名前を聞いたときどのようなイメージを持つでしょう? 日本の中でのリーボックの地位は業界4~5位。あまり日本では浸透しているとは言えない数字です。しかし、1900年創業のJ・W・フォスター社に端を発し、1990年代のスニーカーブームのきっかけとなった「THE PUMP TECHNOLOGY」「INSTA PUMP SYSTEM」や衝撃吸収の「DMX」「3DMX」の開発により「機能性の高い製品開発に長けた企業」という認知を得ます。また、エアロビクスシューズ「フリースタイル」などのヒットによって、最盛期には北米の大手スポーツ用品ブランドの中で1、2位を争うまでの規模を誇りました。現在はアディダス・グループ傘下としてブランド展開している。世界一の市場であるアメリカではとてもよく売れているメーカーなのです。グローバルのブランドメッセージは「YOUR MOVE」。なぜ日米での売れ行きに違いが生じたかということも交えて、今回はその歴史をみてゆきます。

競技能力を高めるスパイクシューズ!

始まり

管理人はアメリカ企業というイメージを持っていましたが、リーボックの創業者はイギリス人です。イギリス・マンチェスター。そこにいた陸上選手、ジョセフ・ウィリアム・フォスターがリーボックの創業者です。靴作りのきっかけは、自分が速く走るために靴に鋲を打ったスパイクを作ったことから始まりました。彼は1900年に「J・W・フォスター社」を設立し、地元アスリート達のために靴を作りました。 彼の作った「フォスター・デラックス・スパイク」(と呼ばれた)は性能がよかったのでしょうか、これを履いたアルフ・シュラブがイギリスの陸上大会で三つの世界記録を打ち立てるのです。世界にその名が広まったのは1924年のパリオリンピック。フォスターの作った「フォスター・ポンプ」を履くイギリス代表が陸上100M、200Mで金メダルを取ったときです。

アメリカ進出

1958年、フォスターは社名をリーボックに変更。リーボックとはアフリカでの鹿(ガゼル)という意味だそうです。それまで陸上専門靴メーカーでしたが、このころからその他スポーツシューズの開発も始め、1970年にリーボックを履いたロン・ヒーリーがボストンマラソンで優勝し、1978年には「ランナーズワールド誌」において「アズテック」が最高の五つ星を獲得しました。そして1979年にはアメリカ進出を果たします。

その後

ヒット商品は1982年の女性用エアロビクスシューズ「フリースタイル」があります。全世界で爆発的なヒットだったそうです。その後リーボックは女性の通勤などでも使われ評価されます。 1986年にはスポーツウェア業界にも足を踏み入れ、全米ナンバー1の売上を達成します。その後のリーボックは革新的テクノロジーを連発します。1989年のポンプシステム、1990年のへクサライト。そして1994年のインタポンプシステムを搭載したポンプヒューリー。そして衝撃吸収機能のDMX,3DMX。リーボックはこのような努力を続けてきたのです。

リーボックの歴史まとめ

社名になったリーボック(英名:ガゼル)1895年 陸上選手でもあったジョセフ・ウィリアム・フォスターが靴底に釘を打ち付けた「フォスター・デラックス・スパイク」を制作。

野球!サッカー!陸上競技!ゴルフ!登山!大活躍!

活動

リーボックは日本国内では「タイカン」「リーボック・ハローキティ」など独自製品の開発・販売も行うとともに、消費者参加型のランニング・ウォーキングイベント「リーボック・ランナーズ」を開催しています。これはスポーツ用品を取り扱う以外に、フィットネスプログラムの提供なども行います。(2009年に世界的エンターテイメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」と共同開発したジムワークアウト「Jukari Fit to Fly(ジュカリ・フィット・トゥ・フライ)」を発表しました。

日本戦略

おそらく現在で最も機能面で進んでいるのはリーボックです。アメリカで売れているのは機能面での充実が評価されているのでしょう。アメリカ人は機能優先なのです。反対に日本で売れていない理由は、スタイルやマーケティングに力を入れていなかったためなのです。日本人はデザインやファッションで靴を選ぶのです。 その差に気付いたリーボックは今、日本でデザイン性やマーケティングに力を入れています。ファッション誌などでリーボックの記事や新商品を目にする機会は圧倒的に増えたはずです。さあ、リーボックの逆襲が始まるのでしょうか?