スポーツマニアによる
スパイクシューズ講座

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アディダス

アディダス

スパイクシューズといえばアディダスですよね。ここではアディダスの歴史からお話したいと思います。

創業者

創業者はドイツ生まれの靴職人、アドルフ・ダスラーです。adidasの創始者は、アドルフ・ダスラーというドイツ人です。彼は1900年、ドイツ中南部のヘルツォーゲンアウラッハのユダヤ系靴職人の息子として生まれました。父親が靴職人であったためか、彼も靴職人を志し、20歳になる1920年に兄ルドルフ・ダスラーとともに「ダスラー兄弟商会」を設立します。自身が陸上競技の選手だった経験から、スポーツ選手それぞれに合った靴の必要性を感じていたダスラーはこの「ダスラー兄弟商会」でスポーツ専門靴の開発を始めます。その読みが当たり、この「ダスラー兄弟商会」の靴を履いたアスリート達が多くの大会で好成績を残したため、瞬く間に「ダスラー兄弟商会」の名は世界に広まりました。

対立、そして創業

このように順調な「ダスラー兄弟商会」に転機が訪れます。1948年、兄ルドルフ・ダスラーと意見が食い違い、分裂することになったのです。この分裂後、アドルフが作ったものが、現在のadidasです。名前は、アドルフのニックネームであった、アディ、に名字であるダスラーを繋げたアディ・ダス(ラー)から生まれました。三本ラインもこのとき発表されます。

ワールドカップ、オリンピックでの活躍

独立後のadidasは快進撃を続けます。ヘルシンキオリンピックで西ドイツの選手全員がadidasのシューズを履いて以来、その後のオリンピックで圧倒的な支持を集めることとなります。その他、サッカーのワールドカップなどでも多くの選手に愛用されました。特に西ドイツが優勝したワールドカップミュンヘン大会では選手全員がadidasを履き、その中でもベッケンバウアーのadidas好きは有名です。現在はフランス代表のスポンサーや、ジダン、ベッカムなどもadidasですね。

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不変のブランドへ

1970年には、バスケットシューズの「スーパースター」、クロスカントリー用シューズの「カントリー」など名作も多く発表。創業者、アドルフ・ダスラーの考える、選手にあった靴を作り、選手と競技を発展させる。その精神を貫くことによってヒット商品を発表し続け、現在の地位まで登り詰めたのでした。

アディダスの日本戦略

独特の戦略を採るアディダスジャパン。その秘密とは。日本におけるアディダスの特徴として挙げられることに、定番の多さ、というものがあります。スーパースター、カントリー、スタンスミス。。。常にこれらのモデルは店頭に並び、街を歩けば必ず履いている人がいる。このような、日本で定番化したブランドを持っているメーカーは、アディダスだけです。アディダスの日本戦略。この戦略によって日本にスーパースターやスタンスミスといった名作が定番化したといっても過言ではありません。なぜ日本においてアディダスは多くの定番が存在するのか。なぜ他のブランドにはあまり定番が存在しないのか。それは戦略の違いから生じているのです。

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子会社か、代理店か

普通、スニーカーメーカーが日本に進出する場合、大きく分けて2つの戦略があります。 1つは子会社を日本に置き、日本での経営も海外にある本社が指揮をとる、という戦略。NIKEやREEBOKの戦略が このやり方です(REEBOKはあんまり自信ないけど)。もう1つは、日本の会社と総代理店契約を結び、日本での経営 を任せてしまう、という戦略。このやり方を行なっているのが、コンバースです。

デサント

ではアディダスはどの方法で日本に進出しているのでしょうか。答えは、昔は後者、今は前者です。昔(どんくらいかは知りません)アディダスは、スポーツメーカーのデサントと総代理店契約を結んでいて、日本における アディダスのマーケティングや販売方法をすべて任せていました。この日本人の経営する、日本を知り尽くしたデサントによって、アディダスは日本向けの戦略を取ることが可能となり、アディダスは日本に根付いたのです。このデサントの経営は、アディダスが子会社であるアディダスジャパンを作ることにより終了し、その後はアディダスが直接経営の指揮をとっています。 このデサントが現在のアディダスの基礎を作りました。

オリジナルス

そのデサント戦略の代表的なものが、originalsです。これはスーパースターやスタンスミス、カントリーなどのアディダスの名作シリーズのことで、日本独特のブランドです。日本人は機能性よりファッション性を選ぶ、ということを感じたデサントは、最新の技術を搭載したスニーカーよりも、古い名作を定着させようとし、originalsシリーズを作りました。 NIKEなどの他スニーカーメーカーは、靴の売れ行きが悪くなるとすぐに販売を打ち切り、新作を投入してしまいますが、デサントは 長い時間をかけ、根気よくスーパースター、スタンスミス、カントリーの御三家を販売し続けたのです。このデサントの地道な戦略が、スーパースター、スタンスミス、カントリーを定番として定着させました。アディダスに定番が多い背景には このようなデサントの努力があり、この地位までアディダスを成長させたデサントが今は契約を打ち切られ、ルコックなどを 扱っているのは、少し寂しい気がします。

ロゴの種類

トレフォイルロゴ

1972年に初登場。月桂樹の冠をモチーフにした三つ葉マーク。現在は復刻シリーズに対して使われています。

パフォーマンスロゴ

1991年に初登場。別名:エキップメント、スリーバー。三本線で三角形をかたどったマーク。当初は高機能素材の商品のみに使用され、各カテゴリの最高機種「ベスト・オブ・アディダス」を意味していました。その後、一般ユーザーからの人気が高まり、1997年より通常アイテムにも採用されるようになりました。

グローブロゴ

2002年に初登場。円に斜めの3本線が入ったマーク。スポーツウェアを専門に採用しました。

リニアロゴ(「adidas」の文字のみのロゴ)
アディダス・アドベンチャー (adidas ADVENTURE)

1990年代初頭にアディダスのアウトドアラインとして日本から登場したブランド。後にドイツのアディダスでも製造されるようになりました。ロゴは「adidas ADVENTURE」の文字のみ。

アディダスジャパン株式会社

日本でのアディダスブランドはそれまで販売代理店として兼松スポーツ(兼松の子会社)、デサントなどが請け負っていました。1990年代初頭からはアディダスのアウトドアラインとして「アディダス・アドベンチャー」というブランドが日本で登場しました。後にドイツのアディダスでもこのラインは製造されるようになりました。そして1998年、直営日本法人が設立されました。

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